日々雑感





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海外視察に行ってきます。 :: 2010/01/20(Wed)

海外視察に行ってきます。

23日から30日の予定です。
イタリアですが、北部は名古屋の真冬より寒いようです。
この季節ですから、旅費は大変お値打ちです。
旅のスケッチも楽しみですが、歴史に裏打ちされた建造物や
街並みを見るのが、1番の目的です。
当時に思いを馳せながら、世界遺産レベルの卓越した技術や、
創作への執念を感じ、自分のモチベーションを高めてきます。
帰国しましたら、ブログに心に残ったことをアップしますので、
またご覧ください。
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S邸基礎工事完了 :: 2010/01/19(Tue)

S邸の基礎工事が完了しました。
基礎完了P1000983_convert_20100119164625 基礎完了P1000984_convert_20100119164217

基礎完了P1000985_convert_20100119164415 ho-rudaunn P1000986_convert_20100119170452

コンクリートの強度が出るまでの、養生期間を利用して21日に、
奥三河にある材木供給業者の、木材置き場に出かけて、木材検査をおこないます。
そこで、番付け(柱のどの面を見せるようにするか、いろはにの文字と数字を
組み合わせて記入します)
 私は、この作業を必ず行います。等級の低い材でも、どの面を見せるかで見た目は、
随分変わります。大工さんが手刻みで加工するのが普通の時代は、その必要がなかった
(大工さんが見て使う面を決めていたから)のですが、
プレカットが主流になって来た現在は、機械任せでは安心できないのです。

 この供給業者とは、もう10年以上のお付き合いで、切り旬に山の見学会を
開いていますので、(大体3月と11月)何回も建築主さんと、山に足を運び、
伐採作業を見たり、山の抱える問題や、木材の地球環境貢献などの話を
お聞きしました。
 小学生以上の子供さんには、樹齢80年以上の杉の伐採が、強く印象に残るようで、
学校に出した作文を読ませていただいたことがあります。
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第一回セントラル⑧絵画展で、特別賞を受賞しました。 :: 2010/01/18(Mon)

第一回セントラル⑧(マルハチ)絵画展で、特別賞を受賞しました。

セントラル画材主宰の絵画展です。マルハチの意味はキャンバス8号サイズと、
名古屋市のマークのマルハチをかけたものと思います。
知人からFAXを頂き募集案内を知りました。昨年北スペインの旅で、
スケッチした画題を 油絵に描いた作品が8号でしたので、正月の休み明けに
搬入してきました。
12日~17日が会期でしたが、まさか、入賞しているとは思いもしてませんでした。

セントラル展P1000981_convert_20100118103825 セントラル奥へ全景P1000975_convert_20100118104518
セントラル展全景100117_1244~0002
テレビ塔の北東にある、セントラル画材ビルの4階がギャラリーです。
70数点の応募があり、油彩部門、水彩部門各1点がグランプリ賞、
特別賞が数点、セントラル画材賞が数点となっていました。
特別賞の賞品には、額縁が頂けるそうです。
19日が搬出ですから、楽しみです。

8号北スペインP1000980_convert_20100118104036 8号北スペインアップP1000979_convert_20100118110017
「サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の風景」 油彩8号です。
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東海の建築家の住まいづくりマガジン、人人VOL5に掲載 :: 2010/01/13(Wed)

東海の建築家の住まいづくりマガジン、人人(ひとひと)VOL5が、発行されています。
私は、建築家を知る・趣味をキーワードに取り上げられ、紹介されています。
見開き2ページで、以下の写真の感じです。
人人vol5P1000971_convert_20100113161530
①、絵を描く ②、世界遺産行脚 ③、トレーニングジムで80点
 ④、木造都市復権を提案・・男のロマン, のくくりで、記事になっています
vol5P1000973_convert_20100113161641.jpg
http://www.hitohito.net/mag/index.html
に、販売されている書店名リストが出ています。
ご関心がありましたら、お読みください。(定価980円)

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S邸基礎配筋 :: 2010/01/12(Tue)

解体工事が難工事のため2週間ほど延び、工程が押されハラハラしましたが、
年明けの8日に、基礎配筋検査まで、こぎつけました。

10、1,8基礎配筋広域1000957_convert_20100112152830
べた基礎の配筋です。D-13@200を上下のダブルで配筋していますので、
上に乗っても実にがっちりしています。
瑕疵担保履行法による、保険関係の検査員の検査を受けましたが、
全く指摘なくOKがでました。

10、1,8基礎配筋P1000960_convert_20100112152520
東西北と3方に隣家が迫っていますので、中庭を取り込んでいます。
(黄色っぽい型枠で囲われています。)

10、1,8北西部基礎配筋_convert_20100112152638
少し軟弱な地盤ですが、上屋を解体した鉄骨5階建ての地中部の梁や基礎、そしてRC
杭はそのまま残しました。
その上にべた基礎を施工していますので、ある意味支持耐力は高いわけです。
写真の右寄りは、その地中梁から外れていますので、木造2階建ての基礎とは
思えないような、配筋となっています。

中庭部スリーブ1000962_convert_20100112153638
敷地の両側に排水管を埋設する、スペースがとれないため、基礎上配管となりますので、
事前に基礎部を貫通する部分に、このような、スリーブ配管をしておきます。
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四国巡礼88ヶ所札所、27番神峯寺(こうのみねじ) :: 2010/01/07(Thu)

 お正月の帰省時に、四国88か所札所のうち、実家に近い、
24番最御岬寺(ほつみさきじ)と27番神峯寺(こうのみねじ)に参拝してきました。

27番札所 神峯寺(こうのみねじ)は、ウイキペジアによると、こうありました。

寺伝によれば、神功皇后が朝鮮半島進出の戦勝を祈願し、天照大神を祀ったのが起源とされ、天平2年(730年)に聖武天皇の勅を受けて、行基が十一面観世音菩薩を刻み、本尊として合祀し開創したという。その後大同4年(809年)に空海(弘法大師)が堂宇を建立し、観音寺と号したといわれる。

 幕末、三菱財閥創始者岩崎弥太郎の母は、弥太郎の開運を祈願して現在の安芸市より、片道20キロメートルの道のりを素足で21日間通い続けた逸話がある。

 明治初年の神仏分離令によって廃寺となり、本尊は金剛頂寺に渡されたが、明治20年(1887年)に茨城県の竹林山地蔵院の寺格を移して再興され、昭和に入って神峯寺と称するようになった。


 札所88ヶ所の中でも、屈指の難所とのこと。
実は私も隣町なのに初めての参拝なのです。
国道から4キロ、途中から相当急な山道になり、車のすれ違いも要注意なほど。
お遍路さんは、ここを歩いたかと思うと頭が下がります。

27番山門への階段100101_1411~0001 神嶺山門100101_1411~0002
 お寺しかないと思っていたので、一緒に神峯神社があったのには驚きました。
神仏分離令で、あるはずないと思っていました。
この山門の横に、鳥居と急な登りの参道がありました。(写真)

 神社からの下り道は来た道以外に、自然と神峯寺に下りられるのです。
分離令が出るまでは、山門をくぐりいずれにも参拝できたのでしょう。

神嶺鐘楼100101_1418~0001 神嶺本堂灯篭100101_1425~0001山門をくぐると、鐘楼が見えます。その後ろの階段を上ると、本堂(写真右)です。

 27番本堂100101_1431~0001
ご本尊は十一面観世音菩薩です。

神嶺神社山門から海100101_1503~0001
参拝を終え帰路、山門から太平洋を望むとピクチャーウインドウです。
標高400メートル以上と想像します。

 こんな山の急峻な処を切り開いて、石の階段を付け、建築資材を運び上げたことに、
敬意です。そして、大工やさまざまな業種の職人が、腕を発揮して競いあった、
その原動力は仏教です。洋の東西を問わず、宗教のもつ力の偉大さに驚嘆します。
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四国巡礼88ヶ所札所24番、最御岬寺(ほつみさきじ) :: 2010/01/07(Thu)

 室戸岬の山頂に建つ、四国88ヶ所札所の24番、最御岬寺(ほつみさきじ)をウイキペジアで見ると、こうありました。

 空海は都での学問に飽き足りず、19歳頃からの約5年間、山林修行を続けた。延暦11年(792年)、19歳の空海は、室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだとされる。

 寺伝によれば空海は大同2年(807年)に、嵯峨天皇の勅願を受けて本尊の虚空蔵菩薩を刻み、本寺を開創したとされる。当初は奥の院四十寺のある四十寺山頂にあり、現在地に移ったのは寛徳年間(1044年 - 1055年)頃といわれている。

 嵯峨天皇以降歴代天皇の信仰が篤かった。足利尊氏によって土佐の安国寺とされる。その後火災により焼失したが、元和年間(1615年~1624年)には土佐藩主山内忠義の援助を受け僧の最勝が再興する。堂塔を建立、七堂伽藍を有したという。明治に入って神仏分離令によって荒廃するが、大正3年(1914年)には再建された。阿南室戸歴史文化道の指定を受けている。
24番山門100102_1258~0001
山門です。最御岬寺(ほつみさきじ)は、展望台のある室戸岬山頂よりやや下った、
岬最先端の灯台寄りにあります。
子供のころ、まだスカイラインもなく歩いて、山を登ったことがあります。

24番札所入ったところ100102_1300~0001 24番札所本堂遠景100102_1303~0001
山門をくぐると、正面に本堂、右側に鐘楼、多宝塔があり、左側に土俵や、太師堂があります。

24番札所鐘楼100102_1305~0001
鐘楼、1600年代の建立です。

24番多宝塔100102_1305~0002
多宝塔、大正時代の建立です。 

24番本堂内部100102_1312~0001
本堂の内部です。本尊は、虚空蔵菩薩です。

ここでも、こんな険しい山道を資材を上げ、建立した当時に思いを馳せながら
敬意を払い、お賽銭はわずかですが、しっかり景気回復を祈ってきました。

 ここ数年、88か所巡礼する方の気持ちが、分かって来た気がしています。
108ある煩悩を捨てながら歩くと、聞かされたことがあります。
(除夜の鐘の数108も、共通の意味に由来するらしい)
88か所納経し、最後は高野山に詣でることで、新しい自分を取り戻せるのかも知れませんね。
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明けましておめでとう御座います。正月と土佐の皿鉢料理 :: 2010/01/06(Wed)

2010年
明けましておめでとうございます。
今年が、良い年でありますように願いを込めて、
初ブログをUPします。本年もよろしくお願い致します。

床の飾り100101_1031~0001 小川と水道しめ飾り091231_1620~0002
少し、高知の我が家(実家)のお正月準備をご紹介します。
お正月を迎えるために、床の間には、このような飾りをします。
(床の右隅に立てかけてあるのは、父親が従軍したころの軍刀で、保管許可証もあります。
 例年私が特殊油で磨くのですが、忘れていました^^;)

 掛け軸は干支にちなんだものに替え、三方(さんぼう)に代々栄えるようにの意味で、
お鏡の上に、ミカンの橙(代々)、しめ縄に腹の中や気持の裏も白いという意味で、
裏ジロと呼ぶシダの葉、先代から代々譲り受ける意味で、
ゆずり葉という葉っぱを差し込んであります。
 昔の人はよく考えたものと毎年、感心しています。

 それらは、昔から生活に欠かせないところ、水道(昔は井戸)、コンロ(昔は竈)、
風呂、トイレの水回りなどに、しめ縄とセットにして飾ります。
(門(玄関)にはどこの家でも飾る、しめ縄の太めのものをつけます。
昔はこれらを済ませて、さあ、紅白歌合戦を見ようかでした。
最近は、曖昧になってしまいました。


ハナ御神酒100101_1041~0002
 今年も、アメリカからの留学生が、帰省に同行してきました。
家族に倣って、歳取りの慣例行事をやりました。三方を持ち上げて、
心で今年の思いを誓い、赤の杯で御神酒を頂き、最後に縁起担ぎの、
鰹(勝つ)節を掌に載せてもらって食べた後、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と
挨拶します。父親が存命中はそれが習わしでした。
(子供のころは、それをしてお年玉がもらえたので、勇んでやっていました)


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土佐の皿鉢料理
皿鉢と床100103_1133~0001 皿鉢アップ2、100103_1238~0002
皿鉢アップ1、100103_1238~0001
正月には、3が日のうちに兄弟ファミリーが集合して、土佐らしい宴会をやります。
その料理の主役は、皿鉢料理です。年を経ると少しづつ盛り付けに、
現代の料理が混ざってきて、変化が見られます。

 昔(私が幼少のころまで)は婚礼や、お祭りのときはこれを
家で作っていたので前日の夜や、早朝から大変だったようです。
 今は、仕出し屋さんへ発注しています。町に数件あるのですが、
それぞれ少しづつ特徴があって、その品評を聞くのも楽しいものです。


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帰省で通る、室戸阿南国定公園 :: 2010/01/06(Wed)

高知への帰省は、車を使います。明石海峡大橋から淡路島を縦断、
鳴門海峡を渡って徳島に入ります。しばらく山の中の道なりに進むと、
高知県に近づくあたりから、風光明媚な海岸線を走ります。
海岸が見え始めると、故郷へ帰った気分が感じられるので、
気に入っているコースなのです。

室戸阿南国定公園の海岸線の、風景を数枚ご紹介します。

阿波の海岸091231_1110~0002
これは、徳島県南部の海岸です。

この2枚は、室戸岬スカイラインを車で頂上まで行くとある、展望台からの眺めです。
室戸岬眺望1、100102_1233~0001室戸岬眺望東海岸100102_1232~0001左が西側、高知方向の景色です。右が東側、徳島方向の景色です。
つまり、岬の突端ですから、両側に太平洋が眼下に見渡せるわけです。
実は、昨年の8月10日ころのブログで、私が代表世話人を務めます、
木造都市研究会「木愛の会」のメンバーを 高知の建築視察とよさこい祭りに、
案内した紀行を ブログUPしたとき、大雨で全く視界が利かなかった場所です。

元の海岸100102_1357~0001
これは、もう少し西へ進み、実家に近い海岸です。
海亀が産卵で上陸することで有名な砂浜です。
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