日々雑感





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世界遺産・平泉 :: 2011/12/29(Thu)

今年最後の、ブログとなりました。

 今年登録された世界遺産・平泉(2011、6、26登録)を巡りました。
12月18日~20日の二泊三日の旅の最終日です。
日本の世界遺産数は、自然遺産、文化遺産合わせて16件です。
ヨーロッパ諸国は、大体1国あたり30以上と聞きますから、約半分です。

世界:自然遺産180件、文化遺産704件、複合遺産27件
 日本:自然遺産4件 文化遺産12件のうちの平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群です。

JR東北本線、仙台駅から約1時間半の、一関駅に着く前から降り始めた雪は、平泉駅に着いた頃は大雪に。るんるんバス(世界遺産平泉巡り)の巡回時刻まで時間があり、15分程度で行けるとのことで、世界遺産登録のうちの1つ毛越寺(もうつうじ)まで歩きました。
毛越寺、門、1030021_convert_20111230121308
2代目、藤原基衡の建てた、毛越寺(もうつうじ)の門前。
大泉池1、1030022_convert_20111230121724
伽藍の中央に位置する大泉ヶ池は凍結していました。源頼朝に制圧された戦で、ほとんどの建物が失われていて残念です。
常行堂、1030029_convert_20111230121547
大泉ヶ池の周りを廻っていくと、常行堂があります。
毛越寺大泉池、2、1030032_convert_20111230121854
大泉ヶ池を4分の3ほど廻って来た辺りです。雪が枝に纏わり絵になります。

るんるんバスで、初代m藤原清衡の創建した、中尊寺に向かいました。
中尊寺登り口、1030034_convert_20111230122055
中尊寺登り口。かなりの雪で、足元が滑りそう。
弁慶堂、 ̄1030035_convert_20111230123331
参道の途中に、弁慶堂がありました。
本堂、1030036_convert_20111230122231
中尊寺本堂。昨年の紅白歌合戦のあと、ゆく年くる年の最初に映し出されました。
金色堂の前、田中、1030041_convert_20111230122349
国宝金色堂の前の筆者。背後の建物は覆堂(1963年RC)で、この中に金色堂が納まっています。
本体は3間(5,46m)×3間の大きさです。内部の写真は撮影禁止で残念です。

金色堂は屋根が、瓦の形に造られた木製で驚きです。それ以外は、正に金箔です。
東北に多量の金が埋蔵されていたことの証です。完成から50年後には、簡素な屋根覆いがなされ、16世紀にあとの写真の、旧覆堂で覆われたとのことです。
konnjikidou ,外部1030043_convert_20111230122912
外に出て、振り向くとこの姿です。
旧覆堂、11030045_convert_20111230122508
少し離れたこところに、旧覆堂が移されていました。現在のRCの覆堂より、はるかに趣があります。
覆い内部、 ̄1030047_convert_20111230122644
これが内部です。もちろん、中央の外塔婆のような物はあと付けです。
覆い堂、立て札、1030046_convert_20111230122735
ここに、金色堂と覆堂の歴史が書かれていました。

覆い堂外観11030048_convert_20111230123053
少し下り、旧覆堂を振り向くとこの姿です。
かんざん亭、1030049_convert_20111230123229
参道を下る途中の雪景色です。

鐘楼、1030050_convert_20111230123518
相当古い鐘楼です。1300年代の様です。

 平泉のある位置は白河の関(福島県南部)より北、青森までの南北約600Kの中央にあたります。西の都、京都に勝る文化レベルをも持った都市で10万人の人口があり、金や馬、漆や和紙が資産でした。第3代秀衡は、頼朝との軋轢で平泉に逃げ延びた義経を総大将に、頼朝との決戦をと遺言しますが、第4代泰衡は秀衡の死後、義経を自害に追い込み首を差し出しますが、1189年源頼朝によって制圧されます。

 藤原の後ろ盾を失い中尊寺は荒れていきます。伊達政宗の時代に加護され、整備されます。
今回の旅で、京の都から遠い陸奥=みちのくは、東山道(今の首都圏千葉)までの道の、まだ奥の「未知の奥」の意味など、東北の深い歴史が理解できました。

被災地気仙沼に続き、浄土平泉も心にズシッと残っています。
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杜の都仙台と、日本三景松島 :: 2011/12/27(Tue)

気仙沼(先回のブログ)を訪ねた翌日は、杜の都仙台と日本三景松島を廻りました。
るーぷる仙台と称する、市内の名所を巡るバスがあり、600円で乗り放題です。まず、仙台城祉を目指しました。
date 正宗像、1020989_convert_20111227142754  
仙台城の大広間跡に建つ、伊達正宗像。仙台の市街地を見下ろしています。

仙台城から市街地を見る、111219_1049~01 城配置、 ̄1020985_convert_20111227143227 
銅像の近くから見た、仙台駅方向です。
仙台城(青葉城)の配置図。60万石と言うだけあって、かなりな規模と分かります。
現在は大半が、東北大学のキャンパスに使われていて、山の途中に各学部が点在している格好。

仙台駅からJRで、日本三景松島に向かいました。
ここから、松島です。
松島案内図、 ̄1030014_convert_20111227144325
松島の地図ですが、200余りの島が点在するとのこと。
それが防波堤となり、津波の被害は大したことがなかった様です。
プラットフォームから松島、1020998_convert_20111227144646
駅のプラットフォームは、高いところにありますので、そこからの見晴らしが、
松島を見るにはビューポイントです。

suketti,場所、P1030008_convert_20111227143845 松島スケッチP1030054_convert_20111228141134
ここから、今回の旅で1枚だけのスケッチを描きました。
芭蕉が奥の細道に謳った、アー松島や松島やの感傷に浸るには夕方が迫り、
寒さも厳しくなって来ましたので、駅に向かいました。

イルミネーション1、11219_1741+01_convert_20111227150224  仙台イルミネーション2,1030016_convert_20111227144918
 最初の夜は、気仙沼ショックで、皆無口で仙台に戻りましたが、東北でお金を使うのも支援のうちと、
名物の牛タン(看板はいたるところにあり、どこの飲み屋でもメニューにある)と、地元のお酒も、しっかり頂きました。

2晩目の夜は、さすがに牛タンは飽きて、おでん専門店で熱燗です。
大通りのイルミネーションは、街路樹の背丈が高くてとても美しく、華やかさでは、名古屋は比較になりません。

 初日は日曜日の夜にも関わらず、若者が多く大層な人出で賑わっていて、忘年会シーズンとは言え、名古屋では考えられません。閑散をイメージしていたので、なんだかホッとしたような不思議な気分でした。

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東日本大震災被災地・気仙沼 :: 2011/12/23(Fri)

陸前高田へ1020953_convert_20111224115728
東日本大震災被災地・気仙沼へ行ってきました。この標識は気仙沼の市街地にあり、
左に越前高田、右に石巻を示しています。

遅ればせながらで、何の役にも立てずですが。。
ニュースで見た、街中の電柱をなぎ倒しながら、車や建物が押し流される状景が、
焼き付いていましたので、その地に立ちこの目で見、追悼したくて、
(下記のサイトで津浪に呑みこまれる、気仙沼の様子が見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=Ann27T6JTek
友人と3人で、12月18日(日)~2泊3日で出掛けました。

 仙台空港から仙台駅に向かい、仙台駅前から、バスで気仙沼に向かいました。
一関までは東北自動車道を走り、気仙沼までは一般道です。約2時間半で街の北部にある、
気仙沼駅近くのバス停で下車しました。
 港まで徒歩で街の様子を見て行きました。kasetu 店舗群、1020955_convert_20111224112541 倶楽部横、仮設へ搬入中1020960_convert_20111224114113 仮設搬入中 ̄1020957_convert_20111224112346
仮設で、多種の店舗の入った建物です。
少し復興の兆しを感じます。別の仮設店舗に、冷蔵庫のような什器が搬入中でした。
グリーンのシートが覆われたままの店舗も。

 ビル、 ̄1020961_convert_20111224113222
周りが片づけられて、ぽつんと取り残されてしまったビル。手すりが壊れていて、
屋上まで津波が来たことが分かります。
hisai の街、1020965_convert_20111224115039 
がれきやヘドロは、片づけられ、上屋も解体され基礎だけ残る様を見ると、
返って虚しさが際立ちます。
ボート越し、被災1020964_convert_20111224115220
街中にボートがそのままでした。その向こうに、解体された跡越しに、漆喰が剥がれた蔵の姿が、

復興屋台村、1020974_convert_20111224115331 屋台、村1020975_convert_20111224115506
復興屋台村が目につき、寒さも厳しかったので、地元のお酒の熱燗でもと、
飛び込みましたが、開店前で5時~と聞き諦めました。
警官手信号、1020970_convert_20111224114404
港にでる手前の交差点で、警官が手信号で交通整理していました。
聞くと以前は、全国から応援の警官が多数来ていたそうで、工事中の
信号が25日には作動すると話してくれました。
アスファルトの舗装が、建物より数十㎝高く、地盤沈下したことが分かります。

 港に近くなるほど、漁を水揚げした漁師で賑わったであろう、飲み屋街になります。
日本有数の水揚げを誇ったこの港に、船主や水産加工業者の取引銀行の目立つのも特徴です。
シャッターや1階部分がそぎ取られたままで、シートで覆ったり、
グシャと1階のつぶれた蔵や、がれきやヘドロで埋まったのを片づけて、
ガランドウのお店が点在しています。
男山ビル、1020968_convert_20111224114615 feri- 1020967_convert_20111224114509
銘酒「男山」のビル、1~2階が無くなったよう?、右の写真、建物の地盤がかなり沈下しているのが
分かります。左のビルは、大島へのフェリー切符売り場があり、その裏は岸壁です。

チリ地震の1020971_convert_20111224112219 
50数年前のチリ地震時に、3mまで津波が来たことを示す標識です。
海に落ちたフェリー桟橋が奥に見えます。
sannbasi 落下、1020982_convert_20111224112731

feri- 1020977_convert_20111224112913 大島行きフェリー、 ̄1020979_convert_20111224113051
 岸壁には、フェリーに乗船するための桟橋が落ちたままでした。数珠を取り出し合掌。  
ニュースで見たことのある、市営立体駐車場の3階部分の手すりが大きく曲がっており、
そこまで津波が来たことを物語っていました。

 駅までのタクシーの運転手に聞くと、港から駅までの大半の町内は、まだ
ほとんど住人がいないとのこと。魚河岸も製氷の設備が復旧出来てないので、水揚げも難しく、
水産加工業など、関連事業の復興は見込めてない様子。
気仙沼が、無職の率が全国トップのニュース報道を見ました。

本格的復興までどれほど掛かるのか、想像がつきません。
簡単には、思いが言葉に書けない、どうしようもない歯がゆさが、
重く心に残っています。
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木造都市研究会「木愛の会」5周年 :: 2011/12/16(Fri)

木造都市研究会 木愛の会、5周年総会・シンポジウム開催

私が、代表世話人を務めています、木愛の会が設立5周年を迎えました。

見学会や、展示会、セミナー(16回)を重ねてきましたが実践が求められ、
それに応える時期と、来年、学生を対象に、3月21日締め切りのコンペを
開くことを決めました。優秀作品から1点を実際に造る予定です。

駐輪場、111215_1542~01 
コンペ案内チラシ http://www.kiainokai.net/event/120321/120321.pdf 
 

 名大・古川先生の講演「都市木質化の試み―国産小中径財の建築構造への利用」
高松伸会長(建築家・京都大学院教授)から、大規模木造でのコンペ提案が、連戦連敗しているが、これからも続けるとお聞きし、想像以上の情報でした。

懇親会も、25名の参加があり手作り感が好評でした。
継続は力なりで、来年も地道に取り組んで行こうと思いました。
莨壼?エ蜈ィ譎ッP1020937_convert_20111215114311    繧ケ繧ッ繝ェ繝シ繝ウ螟ァP1020932_convert_20111215114155
  1. ワーク、木愛の会(NPO)、JIA、大学
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町内会で、餅つきと、しめ縄作り :: 2011/12/12(Mon)

日曜日に近くの公園で町内会主催で、清掃、餅つきと並行して、
しめ縄作りが開かれ、朝から参加しました。
昨年は、母の喪中だったので不参加でしたが、今回で3回目です。
もちつき2、111211_1054~01 azuki,111211_1116~01
老若男女の参加で、つき上がったお餅はその場で、きなこ、擂り大根、あんこ、にまぶしていただきます。
擂り大根で食べるのは、名古屋へ来て知りました。つきたては何とも美味です。

しめ縄材料、111211_1048~01 simenawa ,111212_0910~01
役員さんが、麦わら、稲穂、松、飾り扇子、水糸、赤や黄色の実のついた小枝、など
しめ縄の材料を買い求め、準備してくれます。指導もして下さって、30~40分で完成です。筆者製作オリジナルしめ縄は、事務所の玄関に年末年始飾ることにしています。
  1. 生活の移ろい、雑多なマイドキュメント、
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小彼岸桜、どうだんつつじ :: 2011/12/08(Thu)

非常勤講師を務めています2校のうち、
1校の中庭にこの時期、小彼岸桜とどうだんつつじが満開になります。
思わず、携帯のシャッターを切りました。

慌ただしい気持ちを癒してくれます。
 小彼岸桜とどうだん111201_1302~01 
  1. 生活の移ろい、雑多なマイドキュメント、
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石材工場と,近江・長浜見学会 :: 2011/12/05(Mon)

JIA愛知の賛助会主催の、石材工場(関ヶ原石材)と慶雲館、近江弧蓬庵、見学会に参加しました。

(写真がやけに暗い?!あ~~またやってしまった、絞り補正-2・・・ いつ触ったのか??何かの拍子としか。。)

賛助会メンバーで、1950年代創業の関ヶ原石材はいまや日本と言わず、
世界でも屈指の石材メーカーです。
SEKIZAI 1020874_convert_20111205145442 sekizai 2,1020876_convert_20111206151200
想像よりはるかに工場の規模が大きく、石材の輸入先の多様さにも驚かされました。

sekizai 1020877_convert_20111206151031 ジェットバーナー1020881_convert_20111206151734
巨岩から切断された石材を研磨しています。大量の水が必要ですので、
水源の豊かなこの地に拠点を構えたことが想像出来ます。
右は、ジェットバーナーで焼くことで、ざらっとした仕上げの
ロボットによる工程です。(写真の露出ミスで暗くてスミマセン)

自動研磨1020884_convert_20111206151830 サンプル、 ̄1020885_convert_20111206151642
大理石を自動研磨機で磨いています。世界各地から輸入した、主に御影石の磨き仕上げと、
ジェットバーナー仕上げにしたサンプル。日本の有名な何ビルに使用されたか表示されていました。


慶運館(国指定名勝):明治20年の天皇陛下来訪を受けて、豪商・浅見又蔵が
           建てた迎賓館。琵琶湖のほとり長浜城、長浜港のすぐ傍です。
           明治の写真を見ると、庭の前まで長浜港があり大型の汽船が、
           横付けされていました。庭に使われている巨岩は船で運ばれた
           ことが分かります。
慶運間1020889_convert_20111205150340  慶運Kん1020899_convert_20111205150243

KEIUNN 1020896_convert_20111205150052  KEIUNN館、 ̄1020893_convert_20111205150153

弧蓬庵:三大茶人、千利休、古田織部、小堀遠州のうち、小堀家の菩提寺
近江3、 ̄1020907_convert_20111205145818  OUMI ,1020911_convert_20111205145716
バスを降り、刈り取った田の続く中を少し山の中へ歩くと、
鮮やかなどうだんつつじの先に、門があります。
OUMI ,4,1020912_convert_20111205145940 
ご住職による、遠州流庭園の解説を拝聴。晩秋の紅葉を堪能してきました。
  1. 旅行、見学
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